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1865年創業の川越の老舗和菓子店紋蔵庵。小江戸川越の和スイーツ/芋菓子販売を通してお客様に笑顔を

紋蔵庵川越
紋蔵庵は慶應元年の1865年に創業した川越の老舗和菓子店。

 

紋蔵庵は創業慶應元年(1865年)川越で培われてきたサツマイモの文化を継承しています。小江戸川越の「紋蔵庵蔵の街店」では、さつまいもパフェ、サツマイモソフトクリームなど、人気商品がラインナップ。

今回は紋蔵庵の小泉さんのお話を聞いていきます!本日はよろしくお願い致します!

紋蔵庵のルーツについて教えてください!

紋蔵庵川越

小泉:紋蔵庵は慶應元年の1865年に創業しました。

元々は古谷村という農村地帯が創業の地でして、小泉紋蔵という先祖が江戸でお菓子作りの修行を終えて、川越へ戻り開業したのが現在の紋蔵庵の始まりです。

慶應元年といいますと旧古谷村のあたりはまだまだ商業的に栄えておらず、紋蔵庵も農業とお菓子作りの両方を手がけていたようです。

初めは地元古谷町に愛されるお菓子屋でしたが、徐々に川越の皆さんにも紋蔵庵の味を気に入っていただけまして、平成に入ってから川越大師喜多院の正門のところにお店をオープンするなど、少しずつ拡大をしていきました。

紋蔵庵は創業から150余年川越の地域住民に愛されてきました。そこにはどういった要因があるとお考えですか?

紋蔵庵川越

小泉:紋蔵庵はもともと個人商店として長く商売をやってきました。

昭和63年に法人化をしまして、そこから様々なお客様に紋蔵庵をお選びいただいてきたわけですが、その中で心掛けていたことは、自分が美味しいと心から思えるものをお客様にお届けすること、地域のお客様を大切にして、地域のお客様に合ったお菓子を作り続けるということです。

紋蔵庵小泉さんが仕事をする上で大切にしていること、こだわりがあれば教えてください!

紋蔵庵川越

小泉:お菓子は結婚式の引き出物で選ばれたり、お葬式など法事でも出されたりするように、日本人の生活、喜怒哀楽に寄り添ってきました。

お菓子を食べる機会は多くあるわけですが、どの場面で食べても紋蔵庵を選んでよかったと心が晴れやかになるようなお菓子を作りたいと思っています。

もう一つ、紋蔵庵に来ていただいたお客様には最高の体験をしていただきたいと思っています。

生活の中で生まれる様々な消費活動は人間のストレスを解消してくれます。
わざわざ紋蔵庵を選んでくださったお客様には、接客であったり、お店の空間だったりでおもてなしをしたいですね。
2020東京オリンピック招致の際に話題になった「おもてなし」という言葉には振る舞い、設い(しつらい)、装いという3つの要素がありますが、紋蔵庵ではこれら3つの要素を満たした「おもてなし」で、ただお菓子が美味しいだけではない和菓子屋を目指していきたいと思っています。

紋蔵庵川越

お客様の中には、お小遣いを貯めて親御さんへのプレゼントを買いにきた小さなお子さんや初めて自分で稼いだアルバイト代でお菓子を買いに来てくださった若者、自分へのご褒美として目一杯お菓子を買いに来たお客様など本当に様々なお客様がいらっしゃって、そのみなさん全てが紋蔵庵のお菓子に期待をしてくださっています。

そんなお客様のご期待に応えるために、和菓子屋として相応しい振る舞いや装いをしようと心掛けていますが、まだまだ私たちの目指すところには辿り着けていません。
これからも私たちの「おもてなし」に向けて精進していきます。

紋蔵庵を小泉さんが受け継いだのにはどのような経緯があったのでしょうか?

紋蔵庵川越

小泉:中学生の後半頃から家業であった紋蔵庵の仕事を手伝い始めたのですが、初めは本当にいやいやでした(笑)。
お菓子屋はお盆の時期と冬場が繁忙期になりますので、友人たちと遊びの予定を合わせるのも一苦労でしたね。
1980年代はちょうどバブル景気の真っ只中でスキーが大変流行した時代でした。
ただスキーシーズンはお店の繁忙期でしたので、泊まりがけでスキーをしに行くなんてことはできずに、少しお店に余裕のある日に日帰りで出かけることがほとんどでしたね。

高校を卒業した後は進学をせず紋蔵庵で勤めていました。
その後今から10年ほど前に母から引き継ぐ形で社長に就任しました。

紋蔵庵川越

私が紋蔵庵を継ぐ決心をして入社したのは、いい意味で諦めたような形です(笑)。
サッカーで例えてみると、浦和レッズやスペインのレアル・マドリードのような有名クラブに入りたいと思っていてもなかなかその夢は叶わないものです。

しかしそこで人生が終わるわけではなく、別なことに取り組んでいればまた別な目標ができて、別な形で自分の夢を叶えられるかもしれない。
やれることをやっていくということが大事だなと感じています。
いい意味での諦めが肝心ですね(笑)。

紋蔵庵 小泉さんが経営される中で苦労されたことはどのようなことになりますか?

紋蔵庵

小泉:まずは商品開発の部分でしょうか。

開発の段階でこれはお客様に喜んでいただけるだろうと思っていた商品でも実際に売り出してみるとお客様からあまりいい反応をいただけないと言うこともあります。
これは日頃から試行錯誤しなければなりませんね。

皆様からご好評いただいている川越ポテトはそういった試行錯誤の日々から生まれました。当時は新商品を年に3つ開発していこうと決めていた時期で、そのうちの1つは安くて手軽で美味しいものができ満足のいくものでした。
別の1つが川越ポテトなのですが、会心の出来というわけではなく、一応商品として出すけれどお客様に認めていただけるかは分からないなと考えていました。

紋蔵庵川越

実際に売り出してみると、一番売れたのは私の自信作だった商品ではなく、川越ポテトでした。
1980年代はさつまいもを使った商品を扱うことが珍しかったのですが、実際に売り出してみるとお客様のニーズがそこにあったということですね。
時流を読んだとかいうことではなく、様々なものに挑戦していった結果、たまたま川越ポテトがあたったということです。

現在は若い方があまり和菓子を選ばないというお話もありますが、
大福を一つの例として取ってみると、日本の食文化の歴史で考えてみるとそこまで古いものではありません。
戦国時代に中国から入ってきて、甘くなかったものを日本人が甘くして全国に広がっていったという歴史があります。

紋蔵庵川越

和菓子は「和」という文字が入っていて日本の伝統のような扱いをされますが、元々は外国から入ってきたものがルーツにあります。
お茶やカステラなどにも同じことが言えて、海外にルーツをもつものを日本人が日本人の好みに合うように作り替え、進化してきたという側面があります。

こういった時代背景を考えると現在は「和菓子」「洋菓子」などの区分がありますが、これからの時代ではそういったものの境目がなくなってくるのではないかなと考えています。
洋菓子屋さんが抹茶を使ったお菓子を出していることもその流れの一つですよね。
ですので、若い方が特段和菓子から離れているという印象もなければ、危機的な思いもそこまでありませんね。

紋蔵庵川越

ただこれはお菓子の分野に限ったことではなく、他の飲食物などにも見られることだと思います。
これから育っていく子供たちはインターネットやデジタルの普及によって、私たちの世代よりもより世界を見ています。
こういった時代の変化は確実に日本の食文化やその他の生活にも影響を与えていくと思います。より世界との境目がなくなっていきそうですね。

紋蔵庵 小泉さんが思う川越の街の魅力や川越の好きなところは好きなところはどういったところでしょうか?

小泉:実は私は川越が特別だとは思っていません。
ただ、蔵づくりの街並みを作り上げた人々や今でも街を盛り上げることを諦めない人々がいるのは川越の素晴らしいところだなと考えています。
他には繁華街から少し離れると郊外には豊かな自然も広がっていますし、バランスの取れた街で過ごしやすいですよね。

住所 〒350-0001埼玉県川越市古谷上3788-1
電話番号 049-235-1857
営業時間 9:00-17:00
公式HP https://monzouan.com/
公式SNS Instagram:https://www.instagram.com/monzouan_official/
Twitter: https://twitter.com/monzouan