文化

呉服笠間は川越で創業110年の老舗呉服店。「川越唐桟を使って着物文化の裾野を広げたい」店主笠間さんの見つめる伝統産業の未来

呉服笠間川越
呉服笠間は川越で創業110年の老舗呉服店!

 

呉服笠間は川越唐桟を取扱うお店で、普段着きものも豊富に取り揃え、高級着物を扱う、着物専門店です。川越土産に川越唐桟の小物類も販売しています。これまでの歴史を大切にしながら、着物の未来を描くお仕事をされています。

今回は呉服笠間の笠間さんにお話を聞いていきます!本日はよろしくお願い致します!

呉服笠間が川越に立ち上げられた背景について教えてください。

呉服笠間川越

笠間:呉服笠間は川越では明治43年に創業しました。
小川町に今でも笠間というのがあるんですけど、そこの番頭さんが暖簾分けをする形で始まりました。
川越は明治の26年に大火があって、明治の40年くらいは混乱期がちょうど終わって川越に少しずつ今の蔵の街ができ上がったくらいの時期です。
川越が街として復興を遂げて商売をやりやすいと感じて出てきたんだと思います。

その当時は呉服屋という単位ではなく、どんなものでも扱いますという感じでやっていて、その中でも少しずつ呉服や青物といういわゆる道着など紺一色に染められている生地を販売することを生業としていきました。

呉服笠間、笠間さんがお店を継ぐまでにはどのような経緯があったのでしょうか?

呉服笠間川越

笠間:私は次男なので、実は呉服笠間を継ぐ気はなく別の職業をやっていました。
最初はフリーランスでツアーコンダクターをやっていて、ツアーごとに会社を変えて添乗員をしていました
その後はオーガナイザーが付く視察旅行とかインセンティブのツアーとかそういったものに行くようになり、添乗員の仕事を約6年やりました。
その後にその旅行会社の営業職や各人材をツアーに振り分けるアサイナーという仕事など30歳を過ぎるまでやっていました。

父の具合が悪くなって呉服屋ができなくなった時、僕はここの家から仕事に行っていて、兄は全く別の仕事に就いてサラリーマンをしていたので、ひとまず僕が家業を手伝い始めました。

呉服笠間川越
川越には川越祭りという非常に大きなお祭りがあって、いくつかの町内の衣装を担当していたので、急にお店をやめてしまってはそういうところにも迷惑がかかるので呉服笠間を残す必要がありました。
また、僕自身もお祭りが大好きで、祭りの仲間たちも川越で一緒に仕事をしようと背中を押して導いてくれていました。

そういった経緯で呉服笠間を手伝い始めましたが、どうせならちゃんと継ごうということで、32歳の時に会社をやめて正式に継ぐことになりました。
フリーランスで個人事業主として何の保証もない生活も経験してきて、社会で色々経験できたのはプラスだったと思いますし、川越にも丁度同世代の方が沢山いたので良いメンバーにも助けられて川越戻って来れた形です。

呉服屋は専門職なので、東京都内とか大きい町の呉服屋で修行をして戻ってくるというケースがほとんどです。
しかし、知識がないまま戻って来たのでどういうものが仕事になるのかを日々業務の中で模索していましたね。

呉服笠間の特徴やこだわりについて教えてください。

呉服笠間川越

笠間:川越唐桟という比較的高くない手頃な木綿を扱っているのが特徴です。
着物を買うことはかなりハードルが高く、呉服屋の敷居もほとんど跨ぐことがなく、さらに着物を作る場合は、何十万もかかると思っている人が多いです。
そんな中で呉服笠間では4.5万もかからない範囲で着物ができます

また、川越の地名が付くものは、食べ物以外ではあまりなかったので、川越唐桟はある程度ブランド化して商売になるんじゃないかということもあり始めました。
今は呉服屋ですけど高級なものをたくさん売るというよりは、裾野の部分を広げていきたいと思っています。

着物を初めて着る人たちにどう着物を着たら良いかを教えたり、祖母や母の着物をもらったけれども全然寸法が違って着られないというものを仕立て直すことで自分のサイズに変えることをやっています。
さらには、着物を再生することを重要視していて、いわゆるサステイナブルであって循環型のものなので、着られるものを捨てないで世代を超えて着ていけるようにしたいですね。
今は入り口として着物のことで困ったら来てくださいというようなお店にしていきたいと思っています。

呉服笠間川越
SNS で様々な情報を拡散できるような世の中になりましたが、自分達が思い描いているターゲットにきちんと情報を届けるのはSNS だけでは難しいんですよね。
きちんと毎日お店のブログなどを書くことも大切だと思うんですけど、今まで作ってきて唐桟を使ってくれた人が良いものだと発信してくれることも大切かなと思っています。
口伝えで伝わるようなものづくりを心がけていて、お店の雰囲気だとか、今までの呉服屋に対してのイメージと違う場所だったみたいなことが上手く伝わるように商売をやっていくのが1番です。一人一人のお客さんと真摯に向き合って商売をするのが昔ながらの良い方法かなと思っています。

呉服笠間、笠間さんが働いていて喜びを感じる瞬間について教えてください。

呉服笠間川越

笠間:単純に作ったものが良かったと言って喜んでもらえた時は嬉しいですし、うちで仕上げたものを着られた方がお店にいらっしゃるのが一番仕事をやっていて良かったと感じることですね。

川越祭りでは関わっている町内の山車をお店の方に向けて、いつもお世話になっていますという感じで挨拶してくれることもありますし、各町内で関わっている方たちの1人1人とお祭りの話や着物の話ができるときはこのような商売をやっていて良かったなと思います。

呉服笠間、笠間さんが働いていて大変さを感じる場面について教えてください。

呉服笠間川越

笠間:呉服、着物の業界自体が縮小傾向にあり、着る人たちの幅が狭くなっていて、なおかつ着物を着る機会が少なくなってしまっています
呉服笠間としても、業界全体としても着物を着る人たちをなかなか増やせていない所が課題ですね。

国の政策で絹の生産量の方針が示されているわけでもなく、織物産業や染物の業界がどういう状況に置かれているかを国が見つめていないため業界がどんどん縮小しています。
そのため、染屋さんも織物屋さんも呉服屋さんもみんな自分の世代で終わりにしたいと思っているような業界です。
織物産業での世界的な中国依存が始まり、中国から輸入されてくる生地や糸によって、日本の主要産業であった織りや染めがどんどん縮小しています。
今織物を作るところがなくなって、実際に売るものもなくなってしまっています。産業の構造自体が崩れている現状を打開できていないですし、改善策も見い出せていません。
国が現状をきちんと見つめ直さないとこの産業自体の構造は崩れていくばかりなので、どうにかして立て直さないといけないと思いますが、一個人がやっている呉服屋が声を上げてもどうにもならない部分もあってもどかしいですね。

呉服笠間が今後伸ばしていきたい、進化させていきたい部分について教えてください。

笠間:川越に残されている川越唐桟のような産業がある限りは、それを残しながら産業として成り立つようにしたいです。
織物屋さんとか染物屋さんと協力していいもの作っていくしかなくて、どうやってそれを利用していただくかだと思っています。

本当は着物にしていきたいんですけど、着物の加工だけに囚われるとそれ以上の産業の幅や川越唐桟を広げていく幅が狭くなります。

そのため、もう少し違うものに作り変えていける技術や、それができる人たちと結びつくことで、バックや洋服を作ったりして、違う分野のものと組み合わせていきたいです。
例えば、着物と同じような作り方で作れる洋服を作れば、着物で使うはずだった生地を再生してロスなく使っていけます。これは今後も注目されていくサステイナブルの観点だと思いますし、今の社会に必要な商品の在り方を、川越唐桟を上手く使いながら考えていけるお店をやっていきたいですね。

呉服笠間、笠間さんの思う川越の魅力や好きなところについて教えてください。

笠間:川越は一つ一つのお店の人たちが、頑張っているところが良いですね。
それほど自己アピールをするというわけではないんですけど、持っている気質は芯が強い人が多く、だからこそこういう蔵の街も残せているのだと思います。
そういった秘めたる想いを持った人たちが多く、大企業だけが街を動かすのではなく、小さい商店の集合体が街の魅力を作っています。

加えて、お店の一軒一軒が自分達のやり方をきちんと考えていて、昔から受け継いだことを淡々とやるというように、なだらかな人の良さを表しながら健気に商売をしているのが川越の一番の良さだと思います。

住所 〒350-0065 埼玉県川越市仲町5−10
電話番号 049-222-1518
営業時間 open 9:30 close 18:00
アクセス 呉服笠間へ電車の場合
1、東武東上線『川越駅駅東口』よりバス利用約10分。
『川越市駅』より徒歩約15分
◎バス利用について:東武バスウエスト 神明町車庫行き
仲町バス停前下車0分 バス停前が店舗となります2、西武新宿線『本川越駅』より徒歩約7分
◎本川越駅より徒歩:蔵の街方面へ進み約7分です。


呉服笠間へ自動車の場合
関越道『川越インターチェンジ』から市街地へ約7km。約20分
※駐車場:川越商工会議所駐車場をご利用ください。
(coop仲町店隣)サービス券を発券いたします
公式SNS https://www.gofukukasama.shop/