文化

「小江戸ものがたり」は川越のむかしと今をつなぐ町雑誌。編集長藤井さんの好奇心と丁寧な取材が織りなす町の記録とは

小江戸ものがたり川越
訪れる人と町の人をつなぐ町雑誌「小江戸ものがたり」!

 

「小江戸ものがたり」は、東京に一番近い城下町・川越には、古き良きものがとても多く残っていることを知った藤井さんが、「誰も知らない昔の話」を掘り起こすことと、いま、この時代に川越に生きている人の生の声、「聞き書き」にこだわり、作成されています。

今回は小江戸ものがたりの藤井さんにお話を聞いていきます!本日はよろしくお願い致します!

藤井さんの川越とのつながりや、「小江戸ものがたり」を創刊したきっかけについて教えてください。

小江戸ものがたり川越

◆観光客から住人へ
観光客として川越を訪問して、主人と気に入り都内から移住したことがはじまりです。
当時はイギリスの航空会社に勤めており、一週間フライトで東京を留守にすると、街が変わっているようなバブル景気の前後でした。
かたやイギリスは、シャーロックホームズの映画のロケがそのままできるような、昔の街並みが残っています。おじいちゃんが見た建物を子供や孫達もみているという時間のつながりがありました。

当時は浅草に住んでいて、街の変化が激しい時代でした。
そんなときに、観光客として川越を訪れて、蔵造りの街並みと時の鐘をみて驚きました。
ロンドンと同じように、おじいさんが見た景色をこの町の子供達はみていくのだろうな、と思いましたね。
「時間のつながり」がある街で、子育てをしたいと主人と一緒に川越に引っ越してきました。

小江戸ものがたり川越
たまたま住んだ町内が、川越氷川祭の山車がある古い町内で、お祭りの準備に関わることができたのです。
町内総出で山車の組み立てや解体を行い、お祭りが新しい住民を受け入れる装置のように、外から来た人も自然と町内に溶け込めるようになっていました。
そのような町内に住めたのはラッキーだったと今でも思っています。
主人やうちの子供たちも町内の囃子連に参加し、山車に乗って演奏をするようになりました。
創刊号は「川越祭」特集号です。町内のご隠居さんや、鳶頭など祭りを支える人たちに聞き書きをしました。

◆川越織物市場との出会い
偶然越した町内に明治時代の織物市場が残っていたんです。
木造の建物で市立博物館に模型もあるのですが、それを取り壊してマンションにするということに。
急な展開で町内会やNPO蔵の会と保存運動を始めることとなり、署名活動や記者会見などあわただしい日々となりました。
町内に住んでいた弁護士さんが中心となり、多くの人の賛同や協力を得て、川越市が現地保存という判断をしてくれて現在、修復工事の最中です。

「小江戸ものがたり」の創刊も、この織物市場の存在を知ってもらいたいということもありました。
川越の蔵造りを建てた織物商たちが、織物市場の設立に関わったことなども知ることができ、織物が川越のまちのルーツでもあることを学びました。幕末明治に江戸っ子の間で人気となった「川越唐桟」という木綿の着物もあります。

小江戸ものがたり川越
織物市場の保存運動とともに、毎月28日に成田山川越別院の蚤の市で「川越きもの散歩」というきものビギナーの集う会も始めました。
まずは蚤の市で着物を手に入れて楽しむという方法もありますね。きもので楽しそうに町歩きをしている人も増えましたね。

「小江戸ものがたり」藤井さんのこだわりについて教えてください。

小江戸ものがたり川越

藤井:「誰も知らない昔の話」を掘り起こすことと、いま、この時代に川越に生きている人の生の声、「聞き書き」にこだわっています。
あとは、冊子1ページ目の巻頭の写真ですね。

この写真が決まるまでは、他のページも手につきません。
最新号の14号「渋沢栄一と川越」特集では、川越では未発見ともいえる写真に巡り合えたことはラッキーでした。

小江戸ものがたり川越喜多院の庭園で渋沢栄一、大隈重信、旧川越藩主などが写っているものです。教科書で習った人が川越に来ていたなんて、すごく身近に歴史を感じませんか?

第6号で「川越の職人」特集をして以降、職人さんの聞き書きをしたくなり、川越以外の伝統工芸の地を回りました。
川越は物資の集積地だったので、意外とモノづくりの現場は少なく、幕末明治に特産になった川越唐桟という織物も、生産の現場は狭山や入間方面でした。
埼玉県内には、行田の足袋や秩父銘仙、渋沢栄一で有名になった羽生や加須の藍染め、草加のゆかた、本庄絣などきものや織物に関係する産地はたくさんあります。
それらをまとめた単行本「埼玉きもの散歩」さきたま出版会刊行を2016 年に上梓しました。

その後、埼玉県庁の市民活動コーディネーターとして勤務することになり、しばらく冊子の発行から遠ざかっていました
コロナ感染拡大で旅行や遠くに行けなくなり、また身近な地域への関心が高まり、1年に1冊出すようになりました。

このほかにも秩父神社、高麗神社、川越氷川神社の宮司さんたちと立ち上げた「さいたま絹文化研究会」の会報を年3回発行しています。
コロナ禍の2年間でまた世代交代がすすみ、今聞いておかないとまた失われてしまう話もたくさんあり、聞き書きだけはすすめておきたいと思います。

小江戸ものがたり藤井さんが仕事をされていて喜びを感じる瞬間について教えてください。

小江戸ものがたり川越

藤井:冊子をお読みいただき「へー、そうだったんだ」と言ってもらえることがすごく嬉しいですね。
そのためにまずは私が「へー」と驚かないとダメなのですが。。。最近は私自身が川越にとても詳しくなってきたので、多少のことでは「へー」と思わなくなったことが悩みですかね(笑)。

また、「形として残してくれてありがとう」と取材した方に言ってもらえたときや、消えていってしまうものを記録できたことは非常に嬉しいですね。
図書館には創刊号から15号まですべてそろっているので、次の世代の川越好きな人に読んでもらえる可能性があるということも嬉しいです。

「小江戸ものがたり」藤井さんが大変だと感じる場面について教えてください。

小江戸ものがたり川越

藤井:創刊から20年ですから、いろいろなことがありました。
取材に応じてもらえないことももちろんあります。
狭い町で普通のひとに聞き書きをしているので、文章にして公表することの責任の重さをいつも感じています。

また、古い街であるからこそ、先人の蓄積の歴史ある素晴らしいお話がたくさんある一方で、私のような新しい住民が、さっと来てさっと聞けることばかりではないということもあります。
でも同じまちに暮らしていることで信用していただけていることもあるかと。

芸者さん何人かにお話を聞いたとき、「楽しいことは何一つありませんでした」とぴしりと言われた際には、身が引き締まりました。
連載を考えており何回も通い、楽しくお話しをする関係になりましたが、芸者さんの人生の一部を表現するには、精神的にも文章力も拙く、2回しか連載はできませんでした。(第9号)このときに作家の林真理子さんの取材にも立ち会いました。
川越花柳界がモデルの「花」という小説になっています。

「小江戸ものがたり」が今後進化させたい、伸ばしていきたい部分について教えてください。

小江戸ものがたり川越

藤井:次の号は「川越ときもの」特集なのですが、レンタル着物でまち歩きをしている若い人にも読んでもらいたいですね。
たくさんの人に読んでもらいたいとは思っていますが、まず、「私が読みたいもの」がすべての始まりなので、アンテナをどこに張るかが大切。
マニアックになってしまう自分の好奇心と、ある程度多くの人が面白いと思うような記事をつくる、その塩梅が難しいですね。

藤井さんが思う川越の魅力や好きなところについて教えてください。

小江戸ものがたり川越

藤井:やはり歴史を伝えてくれる昔の建物、本物が残っているということです。
都内だと開発がすすみ、歴史的を伝えるものは、寺社か記念碑しかないことが多いです。

保存運動にかかわった織物市場や蔵造りの建物、喜多院などかつての繁栄の歴史が建物に残され、それらが目に見える形として残っているのは素晴らしいと思います。
建物がこれだけ群れで残っていながら、記念館ではなく、実際に使われており暮らしの営みを感じることができます。

また、川越氷川祭の山車を出す年は、子供達もお囃子を演奏するのでお祭りを中心に生活が廻り、そんな暮らしも昔の人とつながっているようで川越ならではの好きなところです。

販売場所 太陽堂 049-222-1421
小江戸まるまるや https://www.00ya.jp/SHOP/64539/list.html
川越むかし工房 http://koedomonogatari.com/index.html
公式HP http://www.koedomonogatari.com/